1962年東京商船大学航海科卒業。昭和海運(株)航海士を経て全日本海員組合関東支部長等を歴任し、1992年中央執行委員に就任する。
東京湾遊漁船業協同組合理事
長八海運株式会社代表取締役
東京湾の過密状態を憂える。
昔は大型船が東京湾に入ってこなかった。企業が進出、コンビナートがつくられ、今では巨大船が入ってきている。わざわざ湾に入らないで済むような方法、例えばパイプラインで輸送する方法など検討できないだろうか。
かつて雄洋丸の衝突事故のとき、東京湾は火だるまになった。海上自衛隊出動したが鎮火しなかった。この事故の教訓が生かされていない。
1968年東京都立大学大学院理学研究科博士課程修了(化学専攻)。カナダ学術会議博士研究員及びミシガン州立大学ケロッグ生物研究所研究員、環境庁国立公害研究所水質計測研究室長(現環境研究所)、東京水産大学海洋生産学科教授を経て1996年海洋環境学科教授に就任する。
油処理剤は、流出重油成分の乳化による水中への拡散及び細菌による分解の促進を目的として使用される。この油処理剤の主成分は、非イオン界面活性剤(ポリオキシエチレンオレイン酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタル脂肪酸エステル、20〜30%)と混合溶剤である飽和炭化水素剤(C12〜15、70〜80%)である。これらの主成分は、魚介類に対する毒性は極めて低く、細菌によって容易に分解されることも知られている。しかしながら、この油処理剤を散布することは、海域へ多量の有機物質を含む排水を流入することと同じで、東京湾のような浅い海域においては、容存酸素濃度を急激に減少させることによる魚介類(特に稚魚)への影響を考慮しておかなくてはならない。
1946年生まれ。県立三崎水産高校専攻科卒。川崎市役所に入る前の3年間、反田産業汽船(株)に入社し、貨物船の航海士として実務経験がある。
1969年川崎市役所に入り、1997年川崎市港湾局港湾振興部企画振興課長。
7月2日午前10時過ぎ、東京湾中ノ瀬付近で大型タンカーのダイヤモンドグレース号原油流出事故における各港湾管理者の情報収集、油の回収や防除機材の備蓄状況等が問題点、課題としてあげられた。
これら課題の検討にあたり、これまでの東京湾連絡調整会議を更に発展させた「東京湾港湾連携推進協議会」が設置された。
この協議を定例的に開催し、(1)国・港湾管理者及び民間企業による港湾空間の安全対策と防災機能の強化、(2)情報収集体制の確立、(3)防除資機材の備蓄量の見直しなど、検討することにより、各港湾管理者との一体的な防災体制と早期処理体制づくりを図るとともに、国に対して大型油処理船の湾内常備配置を要望することが重要である。
1950年横須賀市深浦に漁師の参男として生まれる。1974年スキューバダイビングを始め、76年より水中撮影も始める。
1991年横須賀市議初当選。1993年東京湾全体の保全計画を造るため、啓蒙活動のための東京湾海洋研究会を結成。市都計審の公開を委員として請求し都計審公開を実現する。各種審議会委員の市民委員公募制を実現。
著書には「誰も知らない東京湾」(農文社)、「高校生の正しい夏」(共著、岩波ジュニア文庫)がある。
1944年横浜生まれの生粋の「浜っ子」。1969年東京工業大学数学科卒業。神戸商科大学経済研究所専任講師、筑波大学環境科学研究科助教授、米国ペンシルバニア大学地域科学部準教授を経て筑波大学社会工学系助教授に就任。
著書には次のものがある。「アメリカンリサイクル」(日報 1994年)、「ごみゼロ社会をめざして」(日報 1993年)、「都市解析論」(地方自治研究センター 1974年)。 東京湾に関する著書、論文には次のものがある。「こうすれば東京は暮らしやすくなる」(太陽企画出版 1988年)、「東京湾の開発と環境保全」(公害と環境、岩波書店 1996年)、「不要な東京湾横断道路なぜ急ぐ」(エコノミスト、1986年2月4日、毎日新聞社)、「東京湾大規模開発プロジェクトの評価と批判」(公害研究、1987年、岩波書店)。
| 1959年6月 | 川崎市扇島の昭電川崎工場で爆発。死者17人、重軽傷者21人。 |
| 1962年11月 | 横浜港でタンカー「第一宗像丸」とノルウェー船籍タンカー「サラルド・プロピグ号」が衝突炎上、付近航行中の2隻も炎上。死者41人。 |
| 1964年6月 | 川崎市扇島の昭電川崎工場で爆発。死者14人、重軽傷者95人。 |
| 1966年2月 | 羽田沖で全日空旅客機が墜落。死者133人。 |
| 1970年10月 | 浦賀水道でタンカー「第一新風丸」とリベリア船籍タンカー「コリントス号」が衝突転覆。重油300キロリットルが流出。 |
| 1970年11月 | 横浜港外でタンカー「ていむず丸」が爆発。死者5人、重軽傷者23人。 |
| 1971年8月 | 横浜市三菱重工造船所のLPGタンカーの船倉から出火。死者5人、負傷者1人。 |
| 1971年11月 | 浦賀水道で砂利運搬船「第三桂丸」とリベリア籍貨物船「プロスペリティー号」が衝突。死者4人。 |
| 1974年11月 | 中ノ瀬航路でLPGタンカー「第十雄洋丸」とリベリア籍貨物船「パシフィック・アレス号」が衝突炎上。死者33人、重軽傷者7人。 |
| 1975年6月 | 中ノ瀬付近でタンカー「栄光丸」が座礁。原油100キロリットルが流出。 |
| 1982年2月 | 羽田沖で日本航空旅客機が墜落。死者24人、重軽傷者124人。 |
| 1988年7月 | 横須賀沖で遊漁船「第一富士丸」と潜水艦「なだしお」が衝突。死者30人。 |
| 1989年9月 | 千葉県行徳沖で遊漁船が炎上。 |
| 1990年2月 | 横浜の船渠でインド籍貨物船「ジャグ・ドゥート号」から出火。死者12人。 |
| 1997年7月 | 中ノ瀬付近でパナマ船籍タンカー「ダイヤモンド・グレース号」が座礁。原油1500キロリットルが流出。 |